大崎市松山遺族会(菅原滿会長、会員86人)は11日、戦没者慰霊祭を地元の羽黒神社で開き、日中戦争や太平洋戦争で命を落とした兵士らの霊を慰めた。同神社には松山、下伊場野両地区から出征した英霊288柱がまつられている。慰霊祭には菅原会長(90)ら遺族会の役員6人が代表して出席し、境内にある忠魂碑の前に祭壇を設けて神事を実施。足立光弘宮司が祝詞を奏上して戦地で亡くなった肉親らをしのび、役員が玉串をささげて手を合わせた。菅原会長の父、胞治さんは菅原会長が1歳2カ月のときに召集され、日中戦争に従軍。1939年5月10日、中国の武漢で戦死した。27歳だった。胞治さんをはじめ、松山地域の出征者は同神社で激励を受けて戦地に向かったという。
 大崎市三本木斉田の「ひまわりの丘」で7日、親子ら約80人がヒマワリの種まきを行った。参加者たちは、一面に大輪の花が咲くことを期待しながら作業に取り組んだ。ひまわりの丘は広さ約6㌶。毎年7月下旬から8月上旬にかけて約40万本のヒマワリが咲き誇り、「三本木ひまわりまつり」期間中は県内外から多くの観光客が訪れる。種まきは、大崎市誕生20周年記念事業として同まつり実行委が実施。「親子でひまわり大作戦!~みんなでつくるひまわりの丘~」と題し、種まきと除草の全2回の作業を行う。作業場所は、観光客の目に最も触れる売店前のほ場。この日は霧雨が降るあいにくの天気となったが、親子らはヒマワリ畑を管理している「ひまわり観光花卉栽培組合」(小澤茂寿組合長)の指導を受けながら熱心に作業。土に深さ2~3㌢の穴を掘って種を1粒入れ、優しく土をかぶせた後、じょうろで水をかけた。また地元の建材メーカー大手、YKKAP東北製造所の社員らが地域貢献ボランティアで協力した。

 老朽化で改修工事が進む大崎市古川第一小の築山「ぎんなん富士」で10日、全校児童478人が芝生約3000枚を張る作業に参加した。子どもたちは新しいぎんなん富士の姿を思い描きながら、自分の手で山肌を整備していった。ぎんなん富士は1975年に整備され、人気の遊び場として児童たちに親しまれてきたが、老朽化で2023年から使用禁止となっていた。23年はくしくも開校150年の節目でもあったことから、同校同窓会(玉野章浩会長)は、伝統あるぎんなん富士を復活させたいと、翌年に基金を設立。地元企業などから寄付を募ったところ、132の個人、団体から総額420万円が寄せられ、ことし5月半ばに着工。高さ約2㍍のなだらかな丘に生まれ変わらせた。芝生張り作業は、「自分たちのぎんなん富士」という意識や、同窓会に対する感謝の気持ちを全校児童に持ってもらおうと実施。学年ごとに集まり、造園業者の指導を受けながら縦約25㌢、横約35㌢の芝生を敷き詰めた。ぎんなん富士は今後、芝生の定着に向けて散水などのメンテナンスを行い、11月ごろに児童へ開放する予定。
 大衡村ふるさと美術館長の庄子明宏さん、造形作家つだかおりさん、絵本画家・イラストレーター菅原暢子さんの「三人展『つながるアートの世界』」が6日から、大崎市古川福沼の吉野作造記念館で開かれている。21日まで。抑えめの色彩で描いた庄子さんの風景画は空気の冷たさや風を感じさせ、掛け軸のような縦長の作品もある。三人展については「作風が異なるのに調和している。一度に全てが見えない空間が、次の作品に興味を持たせている」と話していた。つださんは流木やハギの枝、たんすの部材や古民家の梁といった素材と「対話しながら手を動かす」という。張り子や人形はどれも笑顔で、見る側のほほ笑みを誘う。最近は和紙の可能性に魅了されているといい、「和紙そのものを染めて使うなど、新たな展開を模索したい」と話していた。菅原さんは絵本「ケロッキーブーとおおきなあな」に登場する動物たちの柔らかさ、ぬくもりを繊細に表現。「どの世代も楽しめる展示にしたくて2人に声を掛けた。3人とも出品しているジバート展(9~15日、緒絶の館)も見てほしい」と語っていた。

 色とりどりの花を咲かせたサツキ盆栽の展示会「春季さつき展」(岩出山盆栽愛好会主催)が5日から3日間、大崎市岩出山公民館で開かれた。会員たちが手塩にかけたサツキ40点を含む盆栽計82点が訪れた人たちの目を引いていた。同会は現在、市内に住む40~90代の盆栽愛好家18人が所属。会員たちは、種類によって開花時期が異なるサツキを会期に合わせて咲かせるため、温度管理や水やり、剪定など、多くの手間ひまを掛けてきた。ことしは暖かい日が続いたことで開花が全体的に早まり、出展作の多くは遅咲きの品種。一時は会期中に散ってしまうことも心配したが、開催直前から気温が下がったことで開花を保つことができたという。
 大崎市や県内外のご当地グルメを一堂に集めた「おおさき食楽まつり」(実行委主催、大崎タイムスなど後援)が6、7の両日、同市鳴子温泉のゆめぐり広場で開かれた。実行委によると、2日間で約5500人が訪れ、地域の山海の幸に舌鼓を打った。食育と食産業の振興や交流人口増加を狙いに鳴子温泉地域で開いているイベントで、ことしで17回目を数える。JR陸羽東線の利用促進につなげようと、昨年に続いて鳴子温泉駅に近い同広場を会場に選び、鳴子御殿湯駅に近い市鳴子総合支所からシャトルバスも運行した。会場には26ブースが出店。おおさきジビエのホットサンドやミートパイといった新商品、相撲部屋直伝の地元名物「なるこちゃんこ鍋」のほか、ウニ焼きやホタテ焼き(石巻市)、北上コロッケ(岩手県)などがずらり。地酒や地ビールなどアルコールも並んだ。

 古川黎明高美術・陶芸部と古川高美術部の合同展「黎明・蛍雪の刻」が6日、大崎市民ギャラリー・緒絶の館で始まった。合同展は2度目で、両校の部員が表現を模索し、丁寧に仕上げた油彩画、アクリル画を中心に54点が披露されている。7日まで。大きなカンバスには学校や身近な風景、家族や友人、空想の世界が描かれている。美術室のバケツを描いた作品は、使い込まれている感じを出すため、色調を暗めにしたという。誕生ケーキのクリームの質感、動物の毛並みなども見事に表現しているほか、生徒の思いが感じられるキャプションも作品の味わいを深めている。
 涌谷町議会は5月31日、町民との懇談会を町内2カ所で開き、理想のまちづくりについて意見を交わした。説明責任を果たし、町政の課題に柔軟に対応しようと、3月会議で本年度事業や予算を可決したのを踏まえ企画した。全町議13人が二手に分かれ、涌谷公民館と農村環境改善センターで開催した。同センターでは大泉治議長ら7人が、小中学校給食費の完全無償化や、交流人口拡大に向けた「ふるさとワーキングホリデー」事業といった本年度主要施策を紹介。5月27日に涌谷中PTAが同校体育館にエアコン設置などを求める陳情書と署名簿347人分を遠藤釈雄町長に提出したことに触れ、3月会議で同様の請願を賛成少数で不採択とした主な理由を説明した。これらを踏まえ、参加した住民7人は2グループに分かれ、将来の町について意見交換。アイデアを付箋に記し、模造紙に貼り付けてグループ化していった。最も多くの案が出された分野は「観光・交流」で、箟岳山を観光資源や宿泊施設として生かす案などが寄せられた。

 大崎市長を5期20年務め、4月に引退した伊藤康志さんを慰労する会が5月31日、地元大崎市古川の馬放公会堂で開かれ、花束を贈るなどし、県議時代を含め39年の政治生活をたたえた。伊藤前市長を支援する地元住民らが主催し、小野寺五典衆院議員(自民党税制調査会長)、遠藤信哉前副知事らを含め合計50人ほどが出席。慰労会世話人代表の大場敬嗣行政区長、世話人の守屋あや子さんがあいさつ、ねぎらいの言葉を送り、「引退の決断も立派だった」と語った。また伊藤前市長、桂子夫人に孫、支援者が花束を贈り、小野寺衆院議員、遠藤前副知事らが伊藤前市長の政治力をたたえ、今後の活躍に期待を述べた。伊藤前市長は、県議に初挑戦した選挙戦などを振り返り、「皆さんに献身的に支えられ、恵まれた環境で政治活動ができた、感謝し尽くせない」と語り、「今後は中島新市政を支えてほしい」と求めた。
 コメの予約販売を通じて農家と消費者の結びつきを強め、中山間地域の稲作経営を支える「鳴子の米プロジェクト」。21年目の田植え交流会が5月30日、大崎市鳴子温泉中山平地区であり、県内外から過去最多となる約80人が参加し、山あいのほ場ににぎやかな声が響いた。

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