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勝男さんが勤めていた「朝日高速印刷」の跡地(東京都台東区上野) |
失われた39年間・早坂勝男さん拉致疑惑 第6回
2007年2月25日付
なぜ早坂勝男さんが“選ばれた”のか。
勝男さんは1960(昭和35)年ごろから、東京都台東区上野の「朝日高速印刷」(すでに倒産)で印刷工として働いていて、当時主流だったオフセット技術の資格を持つ熟練工だった。
拉致(らち)された可能性がある行方不明者を調べている民間の「特定失踪(しっそう)者問題調査会」によると、63(昭和38)年から73(昭和48)年にかけて、東京や千葉で分かっているだけで8人の印刷関係者が失踪しているという。
90年代以降、北朝鮮製とされるにせドル札「スーパーK」「スーパーX」「スーパーノート」が出現する。調査会の荒木和博代表は「早坂さんらの失踪とにせ札には関連があった可能性がある」と指摘する。
一連の失踪からにせ札が出回るまでタイムラグがあるが、荒木代表は「日本人から印刷の技術や論理を習得し、それからさらに時間をかけて独自の技術を磨いたのではないか」とみている。
このほかの拉致被害者や特定失踪者をみても、曽我ひとみさん(新潟県)をはじめとした「医療関係者」、市川修一さん(鹿児島県)をはじめとした「電話関係者」、蓮池薫さん・奥戸祐木子さん(新潟県)をはじめとした「カップル」など、共通点が目立つ。
救う会(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会)の平田隆太郎事務局長は「偶然とするにはあまりに共通点が多い。北朝鮮が特定の目的のために拉致した可能性がある」と分析する。
さらに、地理的な共通点もある。特定失踪者の住所やいなくなった場所を調べると、全体の約3分の1が、九十九里浜に面した千葉県旭市から東京都−山梨県甲府市−長野県大町市−日本海へ至る通称「大町ルート」上にあるという。
ルートの基点となる旭市では砂鉄の採取と水あめの生産が盛んで、「かつては北朝鮮に輸出されていた」(調査会)。早坂さんが当時、住んでいた東京もルート上にある。
勝男さんが失踪する2年前の66(昭和41)年8月には、オフセット技術者の小林榮さん=当時(23)=が、翌67(昭和42)年9月には印刷工、日高信夫さん=当時(22)=が相次いで失踪した。勝男さんを含めた3人は、(1)男性(2)熟練の印刷工(3)身長が155〜160と小柄(4)22〜24歳と若い(5)東京在住(6)失踪理由がない−などの共通点がある。このうち日高さんについては、韓国在住の脱北者が「平壌の病院で、よく似た男性を見た」と証言している。(第一報道部 板垣 英人)