佐々木町長(手前)に協力を要請する小山さん(美里町役場)

「何とかしてやりたい…」
加美町出身の早坂勝男さん
家族が市町に協力要請

 1968年に東京都内で失踪(しっそう)し、北朝鮮に拉致(らち)された可能性が指摘されている宮城県加美町出身の印刷工、早坂勝男さん=当時(24)=の家族が11日、美里、涌谷両町役場を訪れ、政府に拉致認定を求める署名活動への協力を要請した。

 早坂さんは地元中学校を卒業後に上京。印刷工として働いていたが、68年春、墨田区の自宅に印鑑や預金通帳などを残したまま消息を絶った。都内や千葉県内では同時期、印刷工が行方不明となるケースが相次いでおり、地元の家族が先月から、政府に拉致認定を求める動きを本格化させている。

 11日午前は、早坂さんの義兄で雷行政区長、小山巌さん(67)と支援者が美里町役場を訪問。小山さんが佐々木功悦町長に要請書、ポスター20枚などを手渡し、協力を要請した。

 これに対して、佐々木町長も「(拉致という)人権を無視する国があるのは許し難く、本当に心が痛む。地域全体で協力したい」と語り、町職員への署名呼びかけや公共施設でのポスター掲示などを約束。来月開かれる県町村長会議で、各首長に支援呼び掛けを行う意向も示した。同日午後、小山さんら一行は涌谷町役場に足を運び、大橋荘冶町長に要請書を手渡した。

 早坂さんの家族らは、親せきなどを通じて、約1カ月間で約1300人の署名を集めた。小山さんは「39年間、目撃情報すらなく、一時はあきらめの気持ちもあったが、寄せられた署名に勇気付けられている。肉親の一人として何とかしてやりたい」と話す。12日は大崎市役所などを訪問する。(第1報道部 都築 理)