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早期の拉致認定を求め署名簿に記入する住民 |
38年前に東京で消息を絶った宮城県加美町上野目出身、早坂勝男さん=当時(24)=の家族らが拉致認定を求めて取り組んでいる署名活動の輪は加美町などで広がっている。24日、イベント会場の一角に設けられた記帳所では、187人が善意で名を記入した。署名簿は来年1月ごろ、特定失踪(しっそう)者問題調査会を通じて政府に届けられる予定。
署名活動は今月半ばから本格化した。加美町では14日から、町職員有志が応じているほか、色麻町も19日から、行政区長らが中心となって住民に呼びかけている。
24日に加美町字中原南のやくらい文化センターで行われた「小野田東部地区コミュニティ収穫祭」では、早坂さんの義兄で行政区長、小山巌さん(67)=加美町字原=が先頭に立ち、来場者に署名を呼びかけた。イベントを主催した小野田東部地区コミュニティ推進協議会によると、来場者のほとんどが快く応じたという。
家族らは今後、大崎市などでも署名を呼びかける考え。早坂さんの中学時代の同級生や県議、町議らも趣旨に賛同していて、活動は次第に広がりをみせている。小山さんは「みんなに『がんばれ』と励まされ、心強く思っている。拉致認定までは長い道のりになるかもしれないが、粘り強く戦っていきたい」と話していた。
家族らによると、早坂さんは1968(昭和43)年4月ごろ、行方不明になった。東京都墨田区のアパートには印鑑や預金通帳などが残されたままだったという。現在までの38年間、連絡はおろか目撃情報もない。
特定失踪者問題調査会によると「昭和30年代から50年代にかけて、東京都や千葉県で分かっているだけで7人の印刷工が行方不明になっている」という。早坂さんはオフセット印刷の熟練工で、家族らは「北朝鮮が偽札を造るために拉致した」とみている。(第1報道部 板垣英人)