早坂勝男さん

「どこにいるのか…」
加美町出身の早坂勝男さん
同級生ら一日千秋の思い
地元の支援に期待

 宮城県加美町上野目出身の元印刷会社勤務、早坂勝男さん=当時(24)=が東京で消息を絶ってから38年。「拉致(らち)された可能性がある」として、家族らが今月から署名活動を本格化させ、初めて早坂さんの現状を知った中学時代の同級生も少なくない。「こんなことになっているとは」「どこにいるのか…。早く元気な顔を見たい」と関係者は願いを込める。

 家族らによると、早坂さんは1968(昭和43)年4月ごろ消息を絶った。東京都墨田区のアパートには印鑑や預金通帳などが残されたままだった。

 特定失踪(しっそう)者問題調査会によると「昭和30年代から50年代にかけて、東京都や千葉県で分かっているだけで7人の印刷工が行方不明になっている」という。早坂さんはオフセット印刷の熟練工で、家族らは「北朝鮮が偽ドル札を造るために拉致した」とみている。

 中学卒業時、早坂さんと同じクラスだった加美町小瀬の会社経営、伊藤和夫さん(63)は「目立つ方ではなかったが、まじめで地道な人だった」と振り返る。「同級会を知らせる手紙も届いていなかったので心配していた。なにか事情があって帰れないのかと思っていた」という。大崎市古川新田の農業、佐々木栄子さん(63)も「(報道を見て)驚いた。本当に拉致だったらなんとかして助けたい」と語る。

 早坂さんの中学時代のニックネームは「まめっこ」。身長が155cmほどだったためクラスメートが名付けた。柔道部に在籍し、卒業アルバムには胴着姿で胸を張る姿がある。

 家族らは今月から、政府に拉致認定を求め署名本格的に署名活動を始めたが、以前は表立った活動はしてこなかった。拉致と断定するにはあまりにも情報がなかったためだ。

 目撃情報はもちろん、当時早坂さんが勤務していた会社もなくなり、いつまで勤務していたかも定かでない。失踪時に警察署に提出した書類もすでに保管期限が切れて残っていない。同じアパートで暮らしていた早坂さんの友人の名前すら、今となっては分からないのが現状だ。

中学時代の早坂さん(写真を一部加工)

 それでも、兄の早坂勇治さん(69)は「理由もなく突然いなくなる弟ではない」と訴える。「地元の支援なしに政府は動かせない。どうか、弟を助けてほしい」。

【特定失踪者問題調査会】
 2003年、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)から分離して設立された。現在までに調査・発表した「特定失踪者」は259人いて、このうち「拉致の疑いが高い」とした失踪者は34人。昨年10月から、拉致被害者への呼びかけを目的とした短波放送「しおかぜ」を放送している。(第1報道部 板垣英人)